自分史
【小学校卒業まで】
(0歳)長男として生まれる。
(幼稚園)地元の行事に欠かさず参加。地域の人達との交流から、人と接する事が好きになる。
(小1)ピアノと水泳を習い、地元のサッカークラブに所属。会社を経営する父の仕事を手伝い始め、社長である父が遜る姿を見て驚く。
(小4)父の影響でゴルフを始める。
(小6)サッカーW杯を見てゴールキーパーに憧れる。六年間無遅刻無欠席。学年で唯一皆勤を達成し、校長室で表彰される。
【中学時代】
2015年4月 ○○中学校に入学
(中1)誰とでも仲良くなれる性格でクラスのムードメーカーに。サッカー部に入部し、迷わずゴールキーパーを選ぶ。しかし、直接失点に繋がる自身のミスでチームの士気を下げ、迷惑を掛ける事が辛かった。表では笑顔で人を笑わせるムードメーカーの反面、裏では自分に自信が持てなかった。
(中2)大会の1カ月前に手術をする。いち早く練習に復帰したい想いから、本来7日間入院のところを5日間で退院。復帰を急ぐ姿にチームメイトから予想以上に感謝され、自分がチームに必要とされている事を実感。仲間の期待に応えたいと思い、弱い自分を変えようと決心した。同期の協力を得ながら1日150本セーブの練習をし、泥臭く技術を磨いた。大会では格上のクラブチームとの試合でセーブを重ねてゴール死守し、無失点で試合を終えた事で当校史上初のリーグ昇格を果たし、自信が付く。
(中3)地元を飛び出したい想いの中、自由な校風で視野が広がると感じた○○高校を目指す。両親の期待に応えようと諦めずに頑張り、第一志望に無事合格。
【高校時代】
2018年4月 ○○高校に入学
(高1)○○部に所属。規則が一切存在せず、指導するコーチがいない事から練習は自主性に委ねられていた。これによる部全体の技術不足が原因で問題が生じていた。部活動の在り方に疑問を持ち、密かに改革を決意。個人競技でも部としてチームで高め合う事が大切だと考え、団体戦での関東大会出場を目標にチームメイトと独学で研鑽を積んだ。
(高2)副部長に就任。部員全員が技術を磨く事に限界を感じ、改革を実行。練習の再構築とコーチの手配の2つの施策を中心に行った。改革後のギャップを生まない様に、チームで部活動に取り組む雰囲気作りに気を遣った。暫くして新型コロナウイルスが流行した為、柔軟に施策を変えながら改革を行った。この頃から「自分だからこそできる方法で組織に貢献したい」という気持ちで活動に取り組むようになる。
(高3)改革を経て、最後の大会では数年間達成されていなかった団体戦での関東大会進出を果たす。部活をやり切った想いで引退を迎える一方、どこか物足りなさを感じた。良い意味で自分をもっと追い込めたのではないかと、高校生活を全力でやり切れなかった事に人生最大の後悔を感じる。この先の人生は後悔の無い様に全力で生きると固く決意。大学では常に困難に直面し、自分が全力になれると感じた○○部への入部を決める。学業面では高校3年間を通して、学年で成績トップであった自身のクラスで3位以内を維持し続け、○○学部に進学。
【大学時代】
2021年4月 ○○大学に進学
(大1)○○部に入部。平日は授業と練習、準備をし、休日は終日活動という毎日を過ごす。練習は厳しかったが、何よりもコロナ禍による制限や、選手を近くで応援できない事が辛かった。そんな中、コロナ禍での部活動は活動以外の場でこそ存在意義があると考え、個人的に他部活やサークル、街の人と積極的に交流した。
(大2)部員に必要な「人に愛される力」を養う指導を心掛ける。些細な事も徹底的に指導する事で、細かい部分に気を遣わせ、自身に徹底させる謙虚さを持たせる。他の人が気付かない部分を率先して指摘する事から当事者意識を持つようになる。一方、同期内で活動に対する熱量、部への想いの違いを感じる。
(大3)128名を纏める下級生リーダーに就任。2年生時代の想いから「部員が心から楽しむ組織にする事」を目標に、3年生の立場でもアグレッシブに課題解決に挑戦した。春部活動が解禁されたが、以前から感じていた多くの部員の意欲の低さが表面化した。原因は、入部の門戸拡大による意識の低さと、指導がコロナ禍で途切れた事による技術面だと分析。最初に意識面にアプローチを掛け、自身の考える部の在り方を伝えて纏めようとするが、想いが伝わらず失敗し、挫折を経験。この挫折からダイバーシティの大切さを知り、「人の色を変えようとするのではなく、人の色をどう活かすか」を考えるようになる。次に技術面へのアプローチに再チャレンジ。経験者の16名のOBの方々から収集した情報を基に説明会を開催し、それに付随した練習を実施した。結果として、技術面での改善を通じて部員が心から楽しめるようになり、部員と選手から人生で一番の「ありがとう」を伝えられる。12月末に主将に就任。現場主義で部員に寄り添い、部員の一番の理解者であろうと決意。一切下級生と会話せず、笑顔すらも見せないという部の象徴としての存在であるそれまでの主将像を打破した。3年で感じたダイバーシティの大切さから、部員個人の事をより深く知り、それぞれの異なるモチベーションを引き出し、最大化する事で「違いを強みに変える応援」をしようと、128名の部員との個人面談を実行中。